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感謝。

娘の手術後の状態について書いていませんでした。

右の支床下部をつき抜け、第3脳質に大きく突き出た娘の腫瘍は全部摘出していただきました。
手術前は、機能を大切にしたいから、一度の全摘に拘らず、2回に分けてやる(入っていく方向を変えながら)との事でしたが
開けてみたら、娘の腫瘍は、ほとんどが大変固い腫瘍で充実していて、2度目は無理との判断で一度で全部取っていただきました。(右側頭葉と前頭葉のシルビウス裂から)
ハサミも刃がたたないものだったと、後で手術に立ち合った病棟の先生に聞きました。

下垂体は腫瘍に浸食されていましたので、温存は無理との事で、腫瘍と一緒に取りました(少しだけ残せる部分を残してくださいました)
下垂体柄も腫瘍でペラペラではがせなかったので、温存は無理だった そうです。
視床下部は、腫瘍が突き抜けていたのですから、右半分が損傷しています。
でも、真ん中と左側が残っているので、大きな問題がないのだそうです。
手術の翌日、S先生に「ナトリウムバランスを崩すことはないとでしょう」といわれて
(え~~~なんでそんなこと解るのぉ???) と、とても不思議でしたが、実際に一度も崩したことがなかったので、「凄いな。」と思いました。

視野の異常もありません。お偉いDrさんも「さすがだね」と感心されていました^^

ホルモンは全て出ていないので、薬で補っています。
回復の見込みはないので、一生です。
副腎皮質ホルモン、甲状腺ホルモン、成長ホルモン
抗利尿ホルモンについては、尿をとめる薬を使います。
身長がある程度になったら、時期をみて、女性ホルモンの投薬を始め、女性らしく(心と体)なることを目指しますが、その為には女性ホルモンを数種類取り入れなくてはならないようです。

と、いろいろ大変なこともありますが
一度は将来を悲観して、恐ろしいことを考えたりしていた事がうそだったように感じます。

この世界にS先生が存在していてくださったことが、私にとっては奇跡でした。
S先生には、表現できないほどの『感謝』を


病気発覚。Dr探し。で。

『病気発覚。Dr探し。』

このカテゴリーでは、病院での事。先生の対応などについていろいろ書いていますが
その前に

『頭蓋咽頭腫』という病気について
下垂体について
視床下部について
考えられる後遺症について


などなど、病気に関わる様々なことを
1分、1秒でも無駄にするものか。との勢いで、調べた上での事です。

それは、とても大事なことだと、私は思います。

優しい先生。

前にも書いたけど
へんてこな教授さんの次にお会いしたのが、全く正反対のやさしい先生。
この先生は、あのTVで有名なDr.Fのお薦めの先生とのことだし、なんと言ってもあのT大ですから、これまたお高そうな先生かしら???
などと、勝手な想像をしていましたが
突然の私からの、ぶしつけなメール(中身は丁重ですよー)にお返事を下さって。
厚かましい願いを聞き入れてくださったのです。
そして、娘にもとても真剣に向き合ってくださったし、娘の身体的な状態もよーく診てくださった。
そして、事実をしっかり言って下さった(かなり衝撃的だったけど)

病院からの帰り道に「この病院に入院したいな」と娘が言って
優しい先生だったねーと、不思議と和やかな気持ちになっていた。

このM先生にお会いしたことは、その後の私たちの運命を大きく左右することになるのですが、その事はこの時点では全く考えもしないことでした。

私がお会いした教授さん。

その教授さんは、手術経験が豊富で、よくある<良い医者選び?><名医を紹介?>などの本でもいつもお名前が載るような先生でした。
この先生のウリは
執刀した脳腫瘍の患者さんの5年生存率は100%、10年生存率もそれに近い数字を出している。というところ。
仰っていることも立派で、医学生さんにも、やさしく力強く「志を持って医学に励みなさい」と説いていた。

なんと理想の先生?かしら(年配だけど。。。)

しかし、お会いした時の印象は全く違うものでした。
この教授さんが娘の腫瘍より気になったことは
なぜ、母親と娘だけで受診したのか(大物の私をナメテルのか)
(埼○社会保険病院なんかから、大物の)私になぜ紹介状が来たのか
ということでした(カッコ内は憶測)

そして
「娘さんの腫瘍は、どんなに器用な外科医でも全部取ることは出来ません」
と、はっきりと仰いました。
実際は、取れるかもしれない先生が居られる事は知っていたはずです。

この教授さんのお話は、全てが
娘が亡くなることを踏まえたうえで、始めから言い訳を並べているようなものでした。

その病院の治療では、亡くなるであろうことを知っていたのです。
というより、始めから、ダメもとの治療しかする気が無かったのかもしれません(5年か10年もたせれば良かったのかも)
「悪性のほうがまだ治療のしようがあるのだがね」などと言ってた。

そんな教授さんのご意見は、脳外科界ではかなりの影響力があるようで、あれこれもっともらしいことを都合よく言ったりしたりして、、、

こういう古い体質の教授さんはもうお黙りになって、大学で学生さんの授業に専念していただきたい。

だって、このひと
当時、充血があった娘の目を気にしていた私が、そのことを心配げに聞くと
「そんなの関係ないでしょ」だって。
あっそう?関係ないならいいけど。そんなこと判んないもんね。
わたくしは素人ですから。

そんで、このひと
娘の身体的状態を診ようともしなかったよ。


ちなみに娘を執刀くださったDr.にも、目のこと(その時は充血はもう治っていて別のほんの些細な気になり事)をお聞きしました。
『大丈夫。それは問題ないよ。』とやさしく言ってくださった。

「すいません、神経質になってしまって…」といったら、『大きな病気、神経質になって当たり前です。』といってくださった。

わたし、感激で言葉を失いました。

S先生、
ほんとうにありがとうござました。

経蝶形骨洞手術。

そういえば、鼻からの手術(経蝶形骨洞手術)をしていただく予定だったY先生が
「輸血に備えて、早めに入院して自己採血をします」(輸血に備えて、自分の血液を採っておく)と言っていた。
それを聞いて、(さすが、準備がいいわ)なんて、思っていたのだけれど、今、思えば、
腫瘍と一緒に、血管も引きちぎる予定だったのね と、解かり、そこで手術をしなくて良かった・・・とつくづく思った。。。
頭蓋咽頭腫は、硬くて、組織と癒着しているの。
鼻からやるのはリスクが高いの(小さい血管がたくさん集まっている場所だし)

開頭は抵抗があるかもしれないけれど、失った機能は戻らない。。。傷は治るもんね。
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MRIを診ていただいた結果。

6月27日。
S先生からMRIを診たお返事をいただく。
そこには、娘の治療にとても積極的な姿勢がみられた。
今までのどの先生にもみられなかった姿勢だった。
「理想の治療は全摘出。必要ならばどんなに難しくても、最大限の技術で努力をするしかありません。」
・・・何度も読み返しては、勇気付けられた・・・。

気になる事は<きず>の事。
娘がお年頃になって、その傷を悩み、暗く、苦しい人生を歩む事になるとしたら・・・それを苦に自殺とか・・・ありえなくない。
鼻からできるのであれば、その方がいいに決まっている。

どうする?ねぇ。どうする?誰か教えて。

悩んで。悩んで。悩んで、正直に、思っている事をS先生にお伝えする事にした。
すると、あっさり 「目立つ傷は残りません」
あら?なんと。そうなんですか?・・・なんだ~!そうだったの!!!
また、かなりお馬鹿なことで悩んでいたようです・・・。
では、では、何の迷いもございません!!!
「ぜひ!娘の治療をお願いします!!!!!!!!!!!」
ということで、北海道に行く事に決めた。


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やはり、理想のDrだった。

6月23日。
早速、S先生からメールでお返事をいただく。
そこには、きっぱり、はっきり、ドキッとするような事も書かれてあったけれど、脳外科医としての自信とやさしさが見えた。
MRIを送って、診ていただく事にした。
(でも、北海道まで行けるかな~)

MRIを送って、すぐに小児脳腫瘍の会なるものを知る。
そして、なんと、子供がS先生に執刀していただいた方がいた。
早速、メールを送る。
まずは、ご挨拶「はじめまして・・・」
そして、単刀直入に「先生の手術の腕はどうですか?」ちょっとぶしつけ?
だって、執刀数が多いからと言って、腕がいいとは限らないし、なんと言っても、実際に手術をしていただいた方に聞くのが1番でしょ ъ( ゜ー^)

すると、とても面倒見の良い方で、いろいろ教えてくださった(感謝)
この方のお子さんは腫瘍の再発?再燃?で、やはり、他の先生は尻込みされるような、危ない手術のため、手術は諦めて、放射線治療を考えていたとの事。
でも、S先生が取ってくださった。
ということを、丁寧に教えてくださった(感謝)

それは凄い!!!(興奮)
あとは、大きく残るであろう<きず>の事だけ・・・
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